いのちきらきら

いのちの詩

迷いつつ 歩みの道をすすみ行く
    そのあしもとを 照らすひとあり
  照らされて 歩みの道をふりかえる
     そのあしもとに おかげさまあり

 バトンリレーの競技では、バトンをもらう前の選手も、走り終えてバトンを渡した選手も、さらには応援席の人々も、今バトンを持って走っている選手の走りに注目し、懸命の声援をおくります。
  脚下照顧。いのちというバトンを引き受けた私たちの人生をふりかえってみると、そこには直接的に目には見えず、言いあてることはできないけれども、かげながら今の私を支え、成り立たせ、応援してくれているものが存在しています。
 先日ある方にお仏壇の前で、「お元気そうで何よりですね」と声をかけました。するとその方はすぐさま「おかげさまで」とおっしゃって仏さまに両手を合わせられました。「おかげさまで」というたいへん短い言葉と合掌のお姿の中に、この方の元気を支えるご縁の大きさとそれに感謝され喜んでおられるこころの大満足を感じました。もしもこの時この方が「毎朝何々体操をして、何々を食べて・・・」と、自力の健康法を自慢げに話されたとしたら、こうは感じなかったのかもしれません。「今日の私の元気は、わがはからいのみならず」というこの方のいさぎよい「おかげさまで」の言葉の向こう側には、仏さまのやわらかな優しい光を感じます。仏さまの光に照らされることによって、この方のおかげさまたちは、くっきりとその姿をあらわしたのでありましょう。つまり私たちがおかげさまに気づくか気づかないかは、光そのものに出あうことができるか否かにかかっているのです。
 自己アピールすることが成功や出世には一番と、おかげさまの存在を忘れ、もしくは気づくことすらできないままに、自身の能力自慢に明け暮れる今の世の中の風潮。悲しいなあ、愚かだなあ、と思いつつ、それでもなお、私たちが「おかげさまで」の一言に気づくようにと光を放ちつづけておって下さる、それが仏さまなのでありましょう。

2007年12月

大矢 俊宏

「前(さき)に生まれん者は後(のち)を導き、
後(のち)に生まれん者(ひと)は
 前(さき)を訪(とぶら)え、
連続(れんぞく)無窮(むぐう)にして、
願わくは休止(くし)せざらしめんと欲(ほっ)す」

『教行信証(化身土・末)』

 教行信証の最後の最後に出てくるこの言葉に、親鸞聖人の切なる願いを感じ取れます。念仏者へと導き、念仏者を訪い、念仏をどうか絶やすことなく繋げていってくださいと・・・。

 私の父である先代が亡くなってからおよそ九年、祖父である先々代が亡くなってからおよそ十年が経ちました。「光陰矢のごとし」今振り返ると、その当時から現在までは、本当に早く過ぎ去ったように感じます。

 「お寺を継ぎなさい」とは、先代にも先々代にも一言も言われていないのに父や祖父の生き様を見て、身が動いていました。それが導きであったと受け止めています。そして、跡を継いだこと、これからの行動が、先代や先々代への訪いになっていけばいいと思っています。
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 お寺を引き継ぐきっかけになったのは父の死であり、もっとさかのぼれば、祖父がお寺を開いたからです。もっともっとさかのぼれば親鸞聖人が念仏に出遇われたからであり、さらにさかのぼればお釈迦様が仏教を顕らかにされたからこそ、今があるのでしょう。まさに連続無窮であります。

 昨年、息子が誕生し、今は父親という立場になりました。自分も連続性の中に入り、願いの通り休止させぬよう、これからは、前に生まれたものとして導くべくさらに聞法に励んでいきたいものです。

2007年11月

飯田 正範

「人間死ぬまで生きる!」

 「今晩ハワイに帰るね!またね!」大きな声でそう言うと、ベッドの上で祖父は小さく頷きました。じーっと私を見つめる両目には、以前のような活力に満ちた力強さはありませんでした。これが、私が祖父に会った最後の瞬間でした。それから三週間後、祖父が逝去したとの知らせを受けました。

 私はこれまで、自分が“おじいちゃん子”だという意識はまったくありませんでした。と言うのも、祖父と私の関係は、私が持っていた「おじいちゃん子」という言葉のイメージとはかけ離れた師弟関係だったからです。幼少の時から習い始めた剣道、私にとって祖父はいつも恐ろしい「先生」でした。食事中でも、二本の箸を持っては剣道の話が始まりました。食卓に並んだ私の嫌いなおかずを、「おい、これ食え!」と言って勝手に私の茶碗に乗せてきました。一緒に車に乗れば、大きな声で阿弥陀経の稽古が始まりました。幼い頃には、そんな祖父の厳しさと、叱られてばかりの日々が辛くてたまりませんでした。

 そんないつも強くて恐い祖父が、病院のベッドの上で寝ている姿は、私にはとても信じ難い光景でした。しかし、「人間、死ぬまで生きる!」と言い続けていた祖父は、その言葉通りに「娑婆の縁尽きるまで、最後の最後まで生き抜くんだ!」とでも言っているように闘い続けていました。当時ハワイに住んでいた私は、あまり面会もできず、なにも手伝うこともできないで、一年に何度か会える程度でした。そんな変わり果てた祖父に会いに行く度、いつも私の中で気になる言葉がありました。それは「頑張って!」という言葉です。

 「頑張って」と、普段私たちは何気なく使っていますが、自分がそれを言われる立場にある場合、自分では必死に頑張っているのに、「頑張って!頑張って!」と言われると、逆に辛い時もあるのではないでしょうか。「頑張って必死に耐えているのに、これ以上どう頑張れと言うんだ?」とでも、言いたくなってしまう時もあるのではないでしょうか。そんなことを思うと、心の中では「頑張ってね!」と思っていても、言うまでもなく頑張っている祖父に向かっては、とても言えませんでした。帰り際には決まって、「また来るね」としか言えず、「ありがとう」と応える祖父に、いつも私が元気をもらって病院を後にしました。

 「『育』という字は、『子』が逆さまになって母親の胎内にいることを表している」と、いつも祖父が言っていたことを思い出します。振り返ってみると、どれだけ大きな愛情に包まれて「お育て」頂いたかを深く感じずにはいられません。祖父の厳しさも、私への期待あってのことだったのでしょう。祖父と過ごした時間はかけがえのない私の宝であり、今では祖父の厳しさが有り難く思えてなりません。今では、私は実に「おじいちゃん子」だったと思うのです。これから祖父の生き様を訪ね、祖父の願いを訪ね続けてゆきたいと思います。

2007年10月

前田 健雄

「物を申せば、心底もきこえ、また、
人にもなおさるるなり。ただ、物を申せ。」

(蓮如上人御一代記聞書)

 コミュニケーション不足が叫ばれて久しい。人との会話が苦手である。
 様々な通信機器の発達で、直接、目を見て話さなくても会話が出来るようになった。しかし、その影響であるかは分からないが、上手く自分の意思を伝えられずに、キレてしまう事もある。極端に言えば、殺人事件まで起きている現実である。

 会話が苦手とは言いながら、人間関係を築く上で大切なのは会話だろう。機械を通さずに、直接、会話をする事によって、真の人間関係ができるのではないだろうか。

 蓮如上人は、「物を申せば、心底もきこえ、また、人にもなおさるるなり。ただ、物を申せ。」と言われた。
 つまり、口に出してものを言えば、お互いに心の内も聞こえてきて、また、相手から直され、気付かされることもある。ただ、ものを言いなさい、ということである。

2007年9月

山内 顕亮

かなしきかなや道俗の 良時吉日えらばしめ
 天神地祇をあがめつつ 卜占祭祀つとめとす

(正像末和讃)

 最近、占い師やスピリチュアルカウンセラーと呼ばれる霊能者が、テレビ番組によく出てきています。彼らは、芸能人を相手に、その人の三世(過去・現在・未来)について厳しい口調で語り、芸能人の未来を占い助言をしています。そして、出演者のなかにはその占師の助言に従い、芸名を変えたり活動の予定を変えたりする人もいました。

 また「あなたの前世は○○よ」「お子さんの霊が成仏できずに、今ここにいます」と出演者へ語りかけ、その霊を鎮めるために、供養という祈りをすることを勧めたりもしていました。

 このような占いや祈りは、人間の人生を切り開くもののように思われますが、本当にそうでしょうか。かえってその人の生き方を縛るものではないでしょうか。こうした祈りや占いごとに熱心であることは、主体的な生き方であるとは言えないのではないでしょうか。それは、本来の自分という、主体性を見失った偽りの生き方であるように思えます。

 親鸞聖人は、占いのような人を惑わすことが流行る世の中を悲しみ、「僧侶も世俗の者たちも、良い時良い日に執(とら)われて、天の神や地の神を崇(あが)めつつ、占いや祈りごとに余念がありません。なんと悲しいことなのでしょう。」と言って、人を惑わす占いや祈りが流行する末法の世を悲しみ、そのような人間の生き方を「かなしきかなや」と嘆かれたのでした。

 親鸞聖人の示される真実の生き方とは、自分の身に起こる全ての現実を受け止め、それが自分の道と喜んで頂いていく生き方です。占いや祈りに支配されないそういう生き方を心がけたいものです。

2007年8月

平松 孝顕

親は子の親なり。子は親の子なり。
 絶対の親ありや、絶対の子ありや。

清沢満之 「須らく相対の理を観ずべし」

 親は、子が生まれることによって初めて親となります。子にとっては、生まれたという事実において、親という存在ができることになります。その意味では、親と子は同時に生まれるといえます。親は親のみで親になることはできず、子はまた子のみで子になることはできません。関係においてのみ親子が成り立つという事実があります。

 その関係は、当たり前のように思えますが、本当に親子という関係をそのままに受け取ることは難しいことであるともいえます。なぜなら、私たちは、他者の存在との関係よりも、まず「私」という存在に対する自己関心が強いからです。やはり「私」への強い執着は、関係に生きていることを見失わせる大きな原因であるといえるのではないでしょうか。また、親子であるからこそ、見えにくいという問題もあります。

「関係を生きる」とか「いのちのつながり」ということばは、非常に和やかな響きをもっていますが、実は、その事実を自身が保ち続けることは容易ではないといえます。むしろその事実に背いて生きていることに気付かず、自分の都合の良いときのみ、関係やつながりを生きることを語り、都合が悪くなれば、排除してしまう。つまり、関係に生きることさえも思い通りにして生きようとする私があるというのが現実の姿ではないでしょうか。

 関係を生きているという事実は、常に和やかな関係のみを保ち続けることではありません。むしろ、そこから、思い通りにならないことに悩み、煩いつづけ、苦しんでいる現実が知らされるということではないでしょうか。それは、身近な関係であればあるほど、悲喜する心が激しく移り変わる生活になりますが、その現場と別な所につながりという世界があるわけではないといえます。

 一人ひとりが生まれたという事実において、今を生きています。誰も代わることができない私となったいのちを生きています。比べることのできない「いのち」を生きています。それが「尊い」ということばで表現されようとしてきた内実ではないでしょうか。平等ないのちの大地に立つことを常に確かめつづけることが必要なのではないでしょうか。

2007年7月

吉田 暁正

「死んだら、生きとれんよ」

 「どうせ、おれなんかいらん子なんだろう。死んでやる。」
 ある日、幼い頃のおれはいつもの親子喧嘩の最中、ふてくされてこう言った。すると、おかあちゃんは一瞬吹き出しそうになった笑いを堪えて、一応まじめな顔をして毅然とこう言い放った。
 「あんたねえ、死んだら生きとれんのだよ。」
 ああ、そうだ。間違いない。妙に納得してしまったおれは、もう返す言葉がなかった。そして、そのままその日の喧嘩は終結した。

 死んだら生きとれんという事は、生きようとしなければ、そのまま死んでしまうという事でもあろう。生きるという事をもし自ら放棄するならば、今日この日この時間まで、このおれの為に費やされたたくさんのいのちによる莫大な手間やご苦労、お金と時間、そして払われてきた犠牲たちに対してあまりにも申し訳ない。

 あれから何年経っただろうか、今ではおれもすっかり大人になった。このおれも、例外なくいつかは嫌でも死んでいかねばならんのだろうが、それこそ最期の最後のひと息まで余すことなく味わって生かさせていただかなくてはもったいない。
 「死んだら生きとれんのだよ」という、あの日のウチのおかあちゃんの言葉は、「死ぬまで生きるぞ」という、生きようとする強い意志にまで昇華され、今でもおれを愛情をもって叱咤激励してくれる。

 ああ、おかあちゃん。あの時のことば本当にありがとう。

2007年6月

北村 雄平

人間に生まるる事 大なるよろこびなり

『横川法語』

 人間に生まれたことは大いなる喜びである、と源信(恵心僧都)は言う。

 しかし、実際に生活していると、生きていく上での辛さ・苦しみ・悩みは山ほどある。それゆえ、時として、「ああ、人間なんかに生まれてこないで、いっそ鳥にでも生まれてくればよかった。そうすれば思い煩うことなんかないのに…」とえいたん詠嘆したりすることがある。人間に生まれたことが喜びだと感じられないのが、現実のすがただ。
 自由に空をはばたく鳥を眺め、人は憧れをいだく。しかし、当の鳥自身は「おれは自由だ。鳥に生まれてよかった」とは思うまい。たしかに悩みはないだろうが、そのかわりに喜びもない。本能の命ずるまま、ただ個体と種の維持のためだけに生きている。それが畜生(動物)というものだ。

 源信は続けて、「身はいやしくとも畜生におとらんや、家まずしくとも餓鬼にはまさるべし。心におもうことかなわずとも、地獄の苦しみにはくらぶべからず」と言う。卑しいといっても畜生よりはましだ、貧しいといっても餓鬼よりはましだ、思うようにいかないといっても地獄の苦しみとは比べものにならない、と言うのである。これは一見すると、他と我をひき比べて、「あれよりはましだから」という消極的満足感や、傲慢な自己満足であるかのように思われる。

 しかし、源信の真意はそういうことではないのだろう。源信はさらにつづけて「世のすみうきはいとうたよりなり。人かずならぬ身のいやしきは、菩提をねがうしるべなり。このゆえに、人間に生まるる事をよろこぶべし」と言う。この世が苦悩に満ちているということが世を厭うたより(縁、機会)だということ。つまり、苦悩を転じて菩提(さとり)を願うしるべ(導き)となるのだから、むしろ苦悩に満ちた世界に生を受けたことを喜ぶべきだ、というのである。

 さとりを願うとか真実を求める、というのは人間だけがこれをなし得るところの、内奥から出ずるエネルギーではあるまいか。とすれば、私たちは今少し「人間らしさとは何か」に思いをはせ、人間らしい人間になれるようにしたいものだ。

 ぎゃくに、人間と人間が殺しあうようなことでは、「畜生にも劣る」と言われてもしかたない。

2007年5月

山口 眞一

先に生まれた者には、後から生まれてきた人、自分の力では生きられない人をどう受け止めて、その人が安心していきいきと生き続けてもらえるのだろうか、ということをただ願う以外にないのです。それなら私は死んでもできる。私が死をもって伝えられるのは、そういう願いなのだと思うのです。

『われひとり救われるを由とせず』 祖父江文宏 真宗大谷派名古屋別院

 いのちは生と死を併せもっていると教えられても、生きていることと死すべき身であることとが、同じいのちの姿であるとはなかなか頷けないという現実があります。やはり、死はわたしたちにとって恐ろしいことであり、その事実をできるだけ見ないようにしてきた習慣の中で、死が分からなくなってきているという問題があります。

 死に突然直面するようなとき、本当にいろいろな思いが心の中を駆けめぐります。それが近い人であればあるほど、悲嘆や動揺の中で、死の事実となかなか向き合えない自分に葛藤することがあるのではないでしょうか。まして、自分自身の死を考えることは容易ではありません。いつかは死ぬということを頭では理解していても、実は、この瞬間を生きている自分自身の問題として死を考えることは困難です。

 祖父江文宏氏が、病を抱えつつ、それでも小さい人の苦しみに身を添わせることを最後まで続けられた歩みに触れた人は、おそらく死の問題を考えざるをえなかっただろうけれども、しかしその生き方に触れたことによって、「苦しみに身を添わせる」という最も大事な関係を生きることを問われたのではないでしょうか。そこに、人間の都合で左右されないかけがえのない尊さが見えてくるように思います。

 苦しみに身を添わせることによって、目の前の人と一緒に生きようとすることが、尊敬という関係による歩みになるのだと思います。その歩みは、たとえ死んで肉体が滅したとしても、生きた姿や聞いた言葉は身を通して人に伝わるということがあります。それが「願い」としてその人を支え、また周りの人へ伝えられていくのだと思っています。

 死をもって伝えられる尊さとは、究極でありながら、実はどのいのちも平等に持っている願いだといえます。それは、すでに自分のはからいを超えて、自分自身をも、また周りの人へもはたらく願いであるともいえるのではないでしょうか。その願いを聞くことが、今、問われています。

2007年4月

吉田 暁正

念佛は わたしに世界を ひらいてくれる

金井 隆久

 入学、入社、新しい社会への門出は、不安でもあり期待に胸をふくらます時でもあります。いままで生きてきた環境、価値観、それが新たな出会いとともに揺り動かされ、そして新たな発見となって、人間的な成長を促してくれます。

 念佛との出遇いというのも、私たちの持っている価値観が揺り動かされることにほかなりません。しかも、ほんの少しというのではなく、天地がひっくりかえるほどの大きなものといえます。

 親鸞聖人の書かれた『正信偈』には「獲信見敬大慶喜 即横超截五悪趣」とあります。「念佛の信を得れば身が躍り上がらんばかりにうれしい。それは五悪趣を横に超えるからだ」と言われます。五悪趣とは「地獄・餓鬼・畜生・人・天」、まさに私たちが生きている娑婆世界の現実そのものを指します。それを念佛の信を得れば横に超えるというのです。横に超えるとは、いまある現実は現実のままで、そのまま仏となる身に約束されるということです。反対の言葉は竪ということです。これは修行をして段階的に仏の位に近づいていくということです。

 竪とは私たちの生き方にも通じるものがあります。「いい学校に入りたい」「いい会社に入りたい」。それには一生懸命に勉強して、がんばって成績を上げようとします。人よりも優れていることを示して、認められたいという思いがあるのです。でも、たとえどんな成績であろうとも、「あなたはあなただよ」と言ってくれる世界があるのです。それが念佛の世界です。

 念佛に出遇うということは、私を私のままで包み込んでくれる世界に出遇うことであり、それはいままでの価値観がひっくり返される、大きな世界の発見でもあるのです。

2007年3月

長谷川 誠

いのちの連帯の上に私のいのちが息づいているのです

『除かれたもの』 和田稠 真宗大谷派名古屋別院

 キャンプや海水浴など、自然の中で過ごすというのは非常に気持ちの良いものです。しかし台風などの自然災害が起こると、とても気持ちが良いとは思えません。

 食べ物も自然のままが一番美味しいといわれますが、まったく自然のまま食べているわけではなく、皮をむいたり調理したり食べやすいように手を加えてから食べています。そもそも野菜等は畑で栽培しているのですから、その時点で人間の手が加わっています。

 我々は食事という形で他の生物を摂取していますが、生物を食べると言わずに、食料を食べると言います。これは互いの立場の違いよるもので、例えばライオンなどの肉食動物の立場からすれば人間は間違いなく食料です。けれど食べられる人間の立場からすれば、自分のことを食料だとは決して思いません。
 ありのままの自然が良いと思っていても、どうしても人間の立場からでしか自然を捉えることが出来ないわけです。

 人間が大根や人参の気持ちになって考えることは不可能ですし、大根も人間のことを考えて育っているわけではありません。このように、お互いを完全に理解することは残念ながら出来ません。しかし、理解は出来なくても、すべての生き物がいのちを生きていることは感じることは出来ます。

 世界は互いに関係することで成り立っています。生きるとはつながっていることであり、このつながりを感じることができれば、私が生きていることもはっきり見えてくるはずです。

水谷 玄

2007年2月

生きものである基本は何かと言えば、生物体としては、肺の中の息が出た時、次に入ってこなかったら死ぬ、しかし、また息が入ってきて誕生する。生きるということを、もし「誕生」と「死」の間の出来事という言い方をするのであれば、生きることの中身は、人に出会うことだと思うのです。

『われひとり救われるを由とせず』 祖父江文宏 真宗大谷派名古屋別院

 赤ちゃんは、お母さんのお腹の中から誕生したとき、自分の肺で呼吸するようになります。当たり前のように思えますが、羊水の中から空気中へと環境が変わり、そこでまず呼吸という大きな仕事が与えられます。そこには、自分の力でというはからいを超えて、いのちのもっている生きようとする不思議なはたらきがあるように思います。

 その意味では、ひとりの人間として呼吸するという瞬間にまで至るいのちの関係は、本当に数え尽くすことが不可能なほど、広くて深いものであるといえます。しかし、それは確かに私のところまで届いてきた関係(因縁)であり、私がここに生きているということが紛れもない事実を物語っています。

 そしてまた、生まれることのすごさは、同時に、死すべき身であることの事実をもあわせもっています。どのいのちも、同じく死すべき身を生きているのです。呼吸をすることは、当たりまえのように思えますが、呼吸自体が自分の思い通りにならないはたらきとして、与えられています。つまり、一呼吸一呼吸が、いのちの生死する姿であるといえるでしょう。

 生きることは単独では成り立ちません。人に出会うことを繰り返し、そこからいろいろなことを学び取っていきます。そうして出会うことによって「私」は育てられていくといえるでしょう。

 呼吸一つが不可思議なはたらきによっていることを考えると、自分自身が生まれたものとして、死すべきものとして、今ここにあるいのちであるという事実を、大事に、尊敬をもって受けとめることが問われているように思います。それが、「出会い」を丁寧に歩むことではないでしょうか。

吉田 暁正

2007年1月