
これは、レゲエの神様と称されるボブ・マーリィの1973年の歌である。《死んで天国に行くことを願うより、生きてこの世を天国に変えよう》と訴えるこの歌詞は、欧米のキリスト教圏の人びとにまで、強いインパクトを与えたといわれている。この頃、彼の祖国ジャマイカは政治的にひどく不安定で、右派と左派の政治抗争は、マシンガンから果ては戦車まで投入しての武力抗争に発展した。彼自身も右翼に命を狙われる襲撃事件があり、一時期は海外亡命を余儀なくされた。
1978年4月、首都キングストンで、いわゆる伝説の《ワン・ラブ・ピース・コンサート》が行われ、彼はこれに出演するために帰国した。このコンサートは非常に大規模で、外国の取材班も多数集まり、客席の前列一帯には、首相、国会議員、判事らが招待された。ボブは自分の歌の終わりに、ずっと血みどろの抗争を続けていた与党と野党の両党首をステージに招き上げて、数万人の群衆の目の前で、何と握手させてしまった。このシーンは、非暴力それも音楽によって平和を希求した20世紀を代表する素晴らしい場面として、今や伝説となっている。
この映像を初めて見た時、私も強烈なインパクトを受けた。彼の歌が、人びとのこころを揺さぶり、感銘を与え、そして人びとに歩み出す力を与えたことは、疑う余地がない。
さて、私は今このようなインパクトのある歌について、考えている。もちろん私は、ボブとは時代も社会も宗教も異なる場所に立っているので、一概に論ずることはできない。しかし、魂を揺さぶり生き方を喚起してくるようなインパクトのある歌を聞くこと、口ずさむことは、私たちに力を与えてくれることは間違いない、と思っている。
そんな歌こそ、じっくりと聞き、しっかりと口ずさみたい。
本田 励
2006年12月
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人が生きるために必要なこと、生きるということを通して味わうもの。
空腹のうちに食欲があり、満腹がある。
涙があるからこそ喜びがあり、苦悩の中にこそ人生の真理が輝けるのだとゲーテは説く。
空腹を忘れたものにパンを食べる喜びはない。
この一つのパンの中に私の身にあまるほどのいのちが詰まっているなど誰が想像できるだろうか。
面倒くさいことなど考えたくもない。誰にも謝る必要だってない。
そう思う時、涙とともにパンを食べたもののみしか味わえない人生の味ばかりか私自身の流した涙すら忘れてしまっている。
失ったものに気づくのは容易いが、忘れているときにそれを思い出すのは難しい。
人生の中で大切なことを見失うことのないように問うべきことを問い続けていきたい。
伊藤 教信
2006年11月
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病気になることは、大変つらいことです。それは病気になった本人だけではなく、まわりの人も含めて、向き合わなければならない現実だといえます。しかし、そのつらさ故に、なかなか受け取れない、向き合えないことに葛藤することもあるのではないでしょうか。
祖父江文宏氏が小さい人と向き合う中で、小さい人が病気になったら、祖父江氏がご飯をつくる約束になっていたそうです。小さい人たちは、そのご飯を楽しみに、病気になることも積極的に受け取っていたようです。用事でご飯がつくってもらえなかったときは、「せっかく病気になったのに」と小さい人が腹を立てたこともあったそうです。
いのちは、生老病死の姿を、すでに事実としてもっています。しかし、それが苦悩の原因であると仏教は明らかにしてきました。私たちは、「私」自身をどのように見ているでしょうか。「私」を私のものと考え、私の思い通りにしようと、私の都合で生きていないでしょうか。その思いは無意識にもはたらいて、苦悩する「私」を作り上げています。
また、病気を自分の外にある悪いものと見て、その悪いものから逃れようとする限り、苦悩する他はありません。なぜならば、生老病死といういのちの事実は、どれだけ避けようと思っても、必然の姿であるからです。そしてそれは個人だけの問題ではなく、私もまわりの人も含めて、関係を生きる生老病死全体が、いのちそのものであるといえます。
「せっかく病気になったのに」と、病気をも生きる姿としてまるごと引き受けていくところに、見えてくるものがあるといわれます。それは、自分の都合によるご縁のみを由とするのではなく、そのままに、ご縁を生きることであるといえるでしょう。
吉田 暁正
2006年10月
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数年前に、葉っぱの気持ちになって「生きるとは、死ぬとは」を考えさせる絵本が出版された。
主人公は、フレディという名の一枚の葉っぱ。春に太い枝に生まれ、夏には太陽の日をいっぱい受け、秋には見事な紅葉を見せた。寒くなって、仲間が次々に枝から離れてゆくのを見て、死に対して初めて不安や恐怖を感じた。その時、親友のダニエルが「世界は変化し続けている。変化しないものはひとつもないんだよ。夏から秋にかけて、葉っぱが緑から紅葉し変化した時、怖かったかい。怖くなかったろう。死ぬというのも変わることの一つなんだよ」と教えてくれた。
「でも冬になったら死んでしまう自分の一生に、何の意味があるのだろう」フレディはまた悩み始める。「ねえダニエル。僕は生まれて来てよかったのだろうか」と自分の存在意義を問いただすのである。
私たちは、日常生活の中で自分が、『どこから来て、どう生き、どこへ行くのか』真剣に考えたことがあるのだろうか。人の死を他人事としか受け止めず、次は私の順番かもしれないということから目をそらして生きていないだろうか。私たちも、いつかこの葉っぱのように、この世界から離れてゆかねばならない。死は、紅葉するがごとく変化の一つだというダニエルの言葉は、「人間の生死」は切り離すことができず、生も死もまさに私そのものであり、決して避けて通ることのできない道なのだと、私たちに教えてくれている。
フレディは、葉っぱとして一生を精一杯生き、安心して変わっていった。葉っぱとして一生を全うしたのである。そして、その「いのち」は土や根や木の中で新しい葉っぱを生み出そうと、「いのち」を変化させ続けているのである。
平松 孝顕
2006年9月
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私たちは、情報社会の中で暮らしています。毎日のように事件があり、それを考えていかなくてはなりません。しかし、事件当初は誰もが関心を持ち、話題とされますが、身近に感じることができなければ、やがて記憶の片隅に追いやられてしまいます。
そうした中、私は先日、観葉植物を購入し、毎日、世話とその成長が楽しみでした。そんなある日、テレビ番組で「部屋の中で観葉植物を育てると土からカビが生えて部屋中に菌が繁殖するので、野外で育てましょう」と放送されていたことから、部屋からベランダに出して育てることにしました。そしてその三日後、その存在を忘れている自分がいました。
その時、以前聞いた「植物はどんなに愛されようとも、憎まれようとも、嫌われようとも毎日忘れずに水をもらえればそれでいいのですよ」という言葉を思い出しました。私はその言葉から存在を忘れてしまった自分に気付かされました。存在を忘れてしまうということは関心を持たなくなることと同じことであると思います。
つまり私たちが無関心になるということは毎日ただ何気無く生きていくことであり、またそれが多くの人、生物などを傷付けているのではないのでしょうか。そして何よりそのことに気付きにくい現代社会のあり方が私たち一人一人の問題として問われてくるのではないのでしょうか。
私自身、日々淡々と過ごしていることを恥じるとともに、もう一度私たちの生活の中で多くのことを感じ、受け止めていくことが必要であると思います。
そんなとき私はマザー・テレサの言葉が心に突き刺さってくるように感じます。
近藤 知仁
2006年8月
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私たちにとって、やがて死ぬということと、死が切実に迫ってくることとは、同じ死という事実であるにもかかわらず、感覚していく中味は異なっているように思います。生まれてきたいのちは必ず死ぬことは、まず理解することは可能であるといえます。それは、いのちの姿を学ぶことの中で見えてくることです。
ただ、客観的に死といういのちの事実を見ることと、自分が死ぬということとが、そのまま同じこととしてはなかなか受け入れがたいのではないでしょうか。そこに、死という問題が、人間にとって非常に大きな苦悩になる原因があるのかもしれません。死の実感は、やはり恐怖心が増大し、何ともしがたい自分をさらけ出すことになるように思います。
また、病気が原因で、死を直視し、自分が死ぬことを受け入れることができたその歩みを語る方もおられます。死の自覚において表現される言葉は、重みがあり、聞き手に厳しく問いかけてきます。死を自覚することを通して生のすばらしさが身をもって知らされてきます。
しかし、死から生が明らかになるといっても、苦悩が消えてなくなるわけではありません。死への不安が何度も自分を苦しめることを、むしろ死の自覚の後にも強く実感することがあると祖父江文宏氏も語っておられます。さらには、それでも「ひとり」に執着する傲慢さがわきあがる悲しさを知らされる苦悩もあると、自分自身を厳しく見つめておられます。
死の問題は、自分ひとりでどうにかなるものではありません。関係の中で見えてくることでもあります。それ故に、関係とは生やさしいものではなく、むしろ厳しさが知らされてくることでもあるといえるでしょう。それは、どこまでも自分という意識が強固になる傲慢さが思い知らされるからです。本当に「私」がひとりとして明らかになることは、関係を歩むところにしか見えてこないのでしょう。
吉田暁正
2006年7月
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最近の報道を観ていると、いのちを奪う・奪われるという事件がほとんどのように思います。しかも、若年者の……。また、親が子供を、子供が親をという、本来、一番繋がりの強い関係である親子に於いていのちを奪い合うという事件が、多数起きているように思います。
世間では、インターネットが悪い、ゲームが悪い等々と他者のせいにしている話をよく耳にしますが、本当にそれらが悪いのでしょうか。私は、そうは思いません。時代の流れ、世間の流れに流されていけという訳ではありませんが、世の中の話題に遅れをとらないためにも、また、便利な道具としてドンドンと利用していけば良いと思います。ただし、そこで繰り広げられる世界は、あくまでも非現実の世界であることを確認していかなければならないのです。この非現実の世界は自分の思いどおりになります。殺そうと思えば殺すことが出来ますし、反対に生き返らせることもできます。しかし、現実はそうはいきません。
いのちは、たったひとつしかないのです。そのいのちというのは、卑下したり、傷付けられたりするいのちを生きている人は誰もいません。釈尊は「天上天下唯我独尊」という言葉で、ひとり一人のいのちが尊いと言われました。自分だけが尊いのではなく、いのちを生きるもの皆が尊いと言われました。このような時代だからこそ今一度、よく考えていかなければならないと思います。
生を受けたものは死んでいかねばなりません。これは、紛れもない事実です。しかし、他者によって殺されることはあってはなりません。「自分が人にやられて嫌なことを人にやってはいけない」ということは、幼いころ誰もが散々言われた言葉だと思いますが、この当たり前の、単純な言葉が忘れ去られているのではないでしょうか。
山内 顕亮
2006年6月
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もう日本においては忘れ去られてしまった感がありますが、スマトラ島沖地震が2年ほど前にありました。この時に被害にあった地域と言うのが私の思い出の地でもありました。津波の2ヶ月程前に私が、初めて行った海外旅行というのがタイのプーケット島のカオラックと言う地域でした。まだ開発が始まったばかりの地域で、観光客も少なく綺麗な海と手入れのしていない林などが多くあり大変すばらしい場所でした。その2ヶ月後、津波が襲ったのです。自分の思い出の土地がどうなったのか。また地形上被害が大きくなったのも頷けて大変苦しく思っていました。
その時の日本での報道を聞いている時に最初は、気にもならなかった言葉が気になるようになったのです。その言葉は、「自然にはかないません」という言葉でした。別に気にもしなければそのまま過ぎる言葉なんでしょうけれども、聞けば聞くほどにその言葉が傲慢な言葉に思えてきたのです。もちろん他に変わる言葉がないのでその言葉を用いたのでしょうが、私には傲慢に聞こえてしまう。何故なのかと考えてみました。人間と言いますか、生物と言いますのは、生まれれば必ず死ぬのが自然です。しかし、なかなかその死と言うものを私自身の事として受けとめていけないと言うこと。自然の一部である人間が、自然にはかなわないと言う事。
私達は、私達人間と自然を別の物と切り離して考えているのではないでしょうか。科学が悪いとは全く思いません。しかし、変な固定観念によって科学は、万能ですべてを解決出来ると勘違いをおこしていないでしょうか?自然は、人間の一部ではないのです。人間が、自然の一部なのです。そういう大切な心を忘れてしまっていないでしょうか。
私は、私が自然の一部であると言う事が仏教において大変大切な事なのではないかと思います。ある先生の本のこんな言葉が心に残っています。仏の存在は、山や川、自然のあるがままの姿こそが仏の存在だと・・・。
横井真彰
2006年5月
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子どもの虐待防止に真摯に向き合ってこられた祖父江文宏氏は、「私はあなたの側にいますよ」と、目の前の苦しむ人に身を添わせ、その苦しみを聞くという歩みを大切にされ、伝えてこられました。
虐待という暴力を考える時、言葉から想像される中身は、現実から離れた特別なもの、自分とは違う世界の出来事のように感じるかもしれません。ところが、人間の暴力性を、自分自身を振り返りながら見つめてみると、他人事では済まされない問題が潜んでいることに気づかされます。
私たちの社会の中で想像を超えるような事件が起こった場合、その行為の裏には「人間性を喪失した」という表現が使われることがあります。そこには、やはり自分とは違う人間が異常な行動をしたのだという思いがあるのかもしれません。しかし、実は人間であるからこそ暴力をおこし、そこには理知という問題があると祖父江氏は語っておられました。
人間として生きることの意味を、理知によって考えようとする。それは、経済的価値や科学的合理性によって物事を判断しようとする姿を表していると言えるのではないでしょうか。私たちは、その理知からはずれたものを、人間性を喪失したとして排除しようとしてきました。しかし、排除し自分を守ろうとするその理知こそ、人間であるが故の問題として受けとめなければならないことだと問われているように思います。
理知に生きる自分の姿が、いのちに背き、苦しみを作り出していると知ること。
いのちの事実は、死すべき身を生きていることだと知ること。
今この瞬間に死すべき身として人に出遇っていることの事実に向き合うこと。
まわりの人の苦しみを無視することなく、その苦しみを聞き、一緒に歩もうとするなら、それは、自分もまた育てられていく歩みとなるのではないでしょうか。
吉田暁正
2006年4月
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先日開催されたトリノオリンピックのフィギュアスケートで、荒川静香選手が待望の金メダルを獲得しました。
前半は、なかなかメダルが獲ることができませんでしたが、それでもついつい日本選手を応援してしまう。まして地元名古屋の選手が出れば、力が入り期待をしてしまう。
メダルを獲ったものだけが脚光を浴び、獲れなかったものはさほど評価されません。果たして本当にそうなのでしょうか?
年を明けて八十九歳になる祖母が命終しました。祖母は小さな体で夫を七年間看病してきました。その夫が亡くなり、出棺する時に「おつかれさまでした」と深く頭を下げ敬意を表していました。その後ろ姿を今でも忘れることができません。
死は、関係が深いほど悲しく、つらい別れであります。
選手にとってオリンピックはほんの一時でありますが、それまでにはいろんな人の支えがあり、言葉では言い表すことのできない努力をしてきたに違いありません。結果よりもこれまでの過程を評価するべきではないでしょうか?
人生においても、どう死んでいくのかではなく、どう生きてきたのかだと思います。
人生は決して時間を戻してやり直すことができません。つねに本番の人生を再確認し、「おつかれさまでした」と言い切れる人生を歩んでいきたいものです。
佐藤由徳
2006年3月
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先日、道を歩いていると男の人に声を掛けられ、駅までの道を尋ねられました。幸い、分かるので道を教えることができました。しかし、道を教えてもその男の人になかなか理解してもらえませんでした。こんな時はだんだんと私の方が、上手く伝えられない自分と分かってもらえない相手にイライラしてきます。そんなことがありました。
これ以外にも、日々の生活の中では人に何かを伝えたり、教えたりする機会が多くあります。自分の言い分を聞いてもらう時、すんなりと受け止めてもらえるといいのですが、反対されたり、納得してもらえないとイライラしたり不快になってしまう自分がいます。
そこには、伝えた自分を師とし、相手を弟子と見ている自分がいるのではないでしょうか。受け入れられると天狗となり、弾かれると不快になってしまう自分です。
しかし考えてみますと、伝えられたとしてそれは自分の力によるものなのでしょうか。むしろ、伝わった側の力や伝わらせたもののほうが大きいのではないでしょうか。
学校は教師と生徒がいないと学校として成り立ちません。教える側と教えられる側は必ず存在します。しかしそれだけで終わらない関係、「同朋」という人間としての平等な関係というものを、もう一度見つめ直さなければならないのではないかと感じます。
玉野正聡
2006年2月
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私たちは「いのちは尊い」と言います。それは、誰も疑うことなく肯定的に考えられている見方かもしれません。しかし、その意味をどのように考えているのかを表現してみようとすると、どこに立ってその尊さを受け止めているのかがはっきりしないということがあるのではないでしょうか。
私たちには、自分の都合によっていのちを比べてみたり、優劣を付けたりする心がひそんでいます。人間中心、人間優位という考え方に立てば、食べているいのちへの痛みさえも忘れてしまう悲しみがあります。その姿こそが、欲望と傲慢さによって自分自身に苦悩を生み出しているわが身であると知らされるとき、本当の「いのちの尊さ」の意味が見えてくるのかもしれません。
仏教においては、「すべてのいのちは無条件に平等である」ことが教えられてきました。人間中心でもなく、差別されることもなく、優劣をつけることもない、「平等」といういのちへの眼をもって「尊さ」を見てきたのが仏教の教えなのです。
自分の都合によって変化するような「尊さ」であれば、自分自身のいのちが尊いことさえも見えなくなります。それはどこまでも苦悩する自分でしかありません。「すべてのいのちは平等である」ことにおいて確かめられる「尊さ」において、「私」として生まれて生きているいのちも、周りに生きるいのちも、「一味」として連続関係していることが知らされてくるのではないでしょうか。
吉田暁正
2006年 1月