いのちきらきら

いのちの詩

み光のもと
われ今幸いに
この淨き食を受く
いただきます

『食前の言葉』

 最近では、「うちの子に、お給食の前、いただきますなんて言わせないでください。ちゃんと給食費は払ってるんだし、べつにおもらいしてるわけじゃないんだから」と言うお母さんがおられるそうです。

 飽食の時代、スーパーマーケットでは、肉や魚がパック詰めされて売られています。どっさりと何日か分の食料がまとめ買いされていきます。こんな話を聞きました。古代の人たちなどは今日の自分が生きられる分だけの狩猟を心がけていたそうです。これは、『今日食べなかった命はせめて明日までは生きられる』と、こんな思いの心がけだったらしいのです。「いただきます」とは、単なる物のやり取りの言葉ではありません。生きるか死ぬか、命のやり取りを含むかなりぎりぎりの言葉なのです。

 ところで、花が咲くには、水、土、空気、さらには光が必要となります。花を人間に置き換えてみましょう。水を食事、土を家庭、空気を環境とするならば、光は・・・・・・。仏さまのみ光は、決して私ひとりの力では生きてはいられない我が身の事実をしっかりと照らし出します。また同時に、これまでの私を支え見守ってくださっていた多くの命の存在を教えてくださいます。

 つまり「いただきます」とは、直接的にせよ、間接的にせよ、「さまざまな命を、今こうして私の生きる力にさせていただきます」の「いただきます」であり、み光のもとで明らかとなってくるところの「人身受け難し、おかげさまと感謝して、今日も生かさせていただきます」の「いただきます」なのです。『いのち尊し』、このことをしっかりと歯と心で噛み締めて、この身にいただいておきたいと思うのです。

大矢俊宏

2005年12月

善人なおもて往生をとぐ、
いわんや悪人をや。
しかるを、
世のひとつねにいわく、
悪人なお往生す、
いかにいわんや善人をや。

『歎異抄』第三条より

 「善人ですら救われる。まして、悪人が救われないことがあるでしょうか。しかし、世間の人は、悪人でさえ救われる。善人が救われないことがあるでしょうか」と常に言っています。常に言っているということは、世間の人は皆そう思っているということです。
 
 以前、次のような話を聞きました。
 四人の僧が集まり、無言の修行をすることになり、期間を決め、しゃべらないことを競いました。辺りが暗くなっても灯芯のあかりの中で修行は続きます。突然、突風が吹き、「あっ、火が消える」と、思わず一人が叫びました。「無言の行の最中だぞ」、「二人とも失格だな」と二人目、三人目が続けて声を出しました。それを聞いた四人目が、「最後まで行を続けたのは私だな」と言った、という内容です。
 
 世間の人にとっては、四人目が最後まで行を続けたのだから「善人」ということになるでしょう。しかし、本当に善人と言えるでしょうか。実はこの僧は最後までは行を続けていません。最後に言葉を発しただけです。それどころか、行をやり遂げなかったいう意識さえありません。そして、自分を誇っているのです。
 
 実は、この話に出てくる僧とは、単に物語の登場人物というだけではなく、自分のことが見えていない、自分は「善人」だと思い込んでいる私たちの姿を言い表しているのです。このような私たちにとって必要なことは、阿弥陀如来の願いの中で、自らの本当の姿が知られていくことなのです。

鈴木晃典

2005年11月

境界線   榎本栄一

この世 あの世と申すは
人間の我見
ごらんなさい
この無辺の光の波を
境界線はどこにもない

『娑婆巡礼』

 私たちは、つながりを生きているといわれます。その「つながり」は、良いイメージをもつ言葉として使われます。しかし、つながりといっても、いつも自分に都合の良いことばかりではありません。さまざまな情況を含めてつながりを生きるという言葉が考えられていく必要があります。

 つながりということを、生きることにおける理想の関係として語ろうとすることは、誰もが考え、また望んでいることかもしれません。しかし、それほど簡単ではないことも思い知らされます。実際には、つながりを生きるといっても、苦悩に生きることに疲れているのが私たちの現実ではないでしょうか。

 自分自身のいのちにも境界線を引き、さらには周りとの関係にも境界線を引いてしまう。それは、つながりに生きながら、つながりを断とうとすることになります。もっと大きな問題は、そのことが分かっていながら、そうせざるを得ない自身があることにさらに苦しむということではないでしょうか。その姿は、大変強固な「我見」にとらわれたものとしかいいようがありません。つまり、「私」へのこだわりの深さが、自他を傷つける刃となっていくのです。

 そのような我見の深さは、本当に自分自身に知らされることでしか見えてくることはありません。その知らされる機縁となる教えが、仏法として表現されたものだといえます。特に「光」という言葉を通して表現された仏法は、我見が破られてくるはたらきとして伝えられてきました。その言葉を真摯に聞くことに、一つの道が開けてくるのではないでしょうか。

2005年10月

人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは、世界における自由、正義及び平和の基礎である。

世界人権宣言前文

 人間とは最終的に信頼するに足る生き物なのでしょうか? 世界人権宣言は、人間に対する信頼がもとになっています。人間を -自分を・他人を- 信じることができないとき、争いがおこり、傷つけ殺し合い、ついには世界の破滅にいたりかねません。

 親鸞聖人は自身の心の闇を徹底的に暴き出されました。しかしだからといって、親鸞聖人をペシミスト(厭世主義者)であるということは正しくないでしょう。いかに愚かであっても、ついには阿弥陀様のお救いにあずかって仏とならせていただく私たちであります。そこから人間同士の信頼が生まれます。近代理性の人間観と真宗の人間観は、実は「人間は信ずるに足る」と考える点で同じです。

 お釈迦様は「人は自分がいちばん愛しい。同様に、すべて他の人々にとっても自分がいちばん愛しい。だから自分が愛しいならば他人を害してはならない」とおっしゃっています。自分が大切だから他人も大切だ、その単純なことが世界における自由・正義・平和の基礎であることを「世界人権宣言」は述べていますが、それはきっと可能だと信じるか信じないか、私たちに問われています。

2005年9月

無限なものは二つあります。宇宙と人間の愚かさ。前者については、断言できませんが。

アルバート・アインシュタイン

 二十世紀は、戦争の時代であったと言われる。各々がそれぞれの正義と理想を振りかざし、それぞれの信奉する神の御名のもとに武器をとって戦った。二十一世紀になった今もそれは未だ解決を見ない。

 そもそも、「正義」とは一体何なのか。睨(にら)み合うような正義とは、本当に正しいのか。

 方向を見失った人間に対し、二十世紀最大の物理学者アインシュタインは、人間の愚かさは宇宙の果てしなさ以上だ、と皮肉を込めて断言した。親鸞聖人は、それを「罪悪深重煩悩熾盛の衆生」と表現された。自分たちに都合の良い正義の名の下に、徒党を組んで異論者を裁いて排除するのは、愚かなる事への無理解・無自覚から発するのではないかと思う。

 愚かさに気づかない程の愚かさをズバリ指摘し、「私」のあり方をどこまでも深く問うてくる彼の言葉は、大変厳しい「仏説」として私の胸にチクリと刺さった。

2005年8月

「ただいまご臨終です」とお医者さんから言われたら、それが死というわけではないのです。呼吸が止まり、瞳孔が開いても、まだ体は温かいですね。それから次第に体が冷えてくる。そして体が硬くなっていく。そのように、死というものは一瞬ではなく、次第次第に深まっていきます。亡くなった人を囲んで、ご縁の深い人は涙を流し、その人の生涯をしのび、一生を輝いていった命に対する深い思いをいだきながら、その人たちとともどもに人間の命というものを考えさせてもらう。だから死というものは一瞬ではない。連続なのです。その全体が生命の営みなのでしょう。

『仏教に学ぶいのちの尊さ』 小川一乗 (法蔵館)

 「いのちは尊い」、また「いのちは大切に」といわれます。その「いのち」をどのように私たちは考えているでしょうか。

 特に現代では、「いのち」を考えるとき、「生きる」ことへは多くの関心が向きます。どのように生きるのかという問いの中で、尊さを確認していくことは、当たり前のように語られます。しかし、尊さを語りながら、社会の惨状に流転している自分自身が落ち着かないという現実もあるのではないでしょうか。

 仏教では、いのちは生と死という姿を併せもっていると教えられます。つまり、生死するいのちを生きているということです。さらに言えば、死すべき身を生きているとも言えます。「死」の事実をどのように受け止めていくのか、そして死という最大の苦悩が、苦悩としての意味を失い、翻って今を輝いて生きる道を、仏教は伝えてきました。

 「死」は、ある一点に定められる現象ではありません。一つのいのちだけを切り取って、生まれた一点と死の一点を定めることは不可能です。関係の中で、一人の人の死を厳粛に受け止めていく。それは、自分自身の生死とは決して無関係ではありません。いのちの営みとして、自分も他人も含めた関係全体に生死を見るところに、本当の尊さが明らかになってくるのではないでしょうか。

2005年7月

咲いた 咲いた
チューリップの花が
ならんだならんだ
赤、白、黄色
どの花みてもきれいだな

童謡「チューリップの花」より

 先日、お葬式が2件続いてありました。一つは17歳の高校生のお葬式。もう一つは95歳のお爺ちゃんのお葬式。私も高校生のお葬式のときは、涙を堪えて勤めました。そして、お爺ちゃんのときは、参列者の方たちと、長生きできて善かったね!大往生だね!といって勤めました。

 式の後、その家の保育園に通っている4歳の子が「何で、お爺ちゃんが死んじゃったのに、みんな喜んでいるの」と言っているのを耳にしました。一瞬ハッとしました。そうです、いつのまにか私は人間は長生きできれば善し。早く死んでしまってはダメと命を長さで比べていたのです。

 命だけではなく、いろいろなものをすべて自分の都合に合わせて、好きとか嫌いとか、善いとか悪いとか、損とか得とか、比べて見ていたのです。
 
 そんな私に4歳の子の一言が「チューリップの歌」の童謡を思い出させました。赤、白、黄色どの花もそれぞれに精一杯光り輝いているのです。それなのに私はどの花が一番きれいか一生懸命比べていたのです。

2005年6月

帰命無量寿如来   何と明るい人生か
南無不可思議光   何と愚かなわが歩み

『生の讃歌』(東本願寺出版部刊)

 おしえのひびく生活は、なんと目覚めた充実した、明るい人生であろうか。おしえが私に届いたことは、なんとかけがえのない不可思議なことだろう。自分のことしか考えていない私が、本当に人間らしい、如来のいつくしみに準じた気持ちを、如来にささえられて見出せたとは。かえりみて、おしえが届いていなかった自分のことを思うと、胸がいたむ・・・

 『正信偈』のはじめの二句をよむとき、どのようなことに思いが至るであろうか。「光」とは、如来のおしえのひびきのことであり、「無量寿」とは、私をささえる如来のこころのことである。

 念仏とは、先祖供養でも、自分の願望をかなえる手段でもなく、仏教が自分の身に届いたよろこびの詩なのである。

2005年5月

終わりなき道   田端 明

問いかけていく人生にある未来
ここに一筋の道がある
昨日から今日へ
そして明日から未来へ
続く一筋の道
人間という重荷を背負いながら
苦悶の中に
自問自答していく人生
生きることは難しい
死ぬことは難しい
生かされることは有難い
智慧の光に照らされて
私に問いかけ
問題の私をつきとめて
合掌していく終わりなき一筋の道を

 『石蕗の花』田端明(「真宗とハンセン病」学習会)

 この詩は、国立ハンセン病療養所長島愛生園に入所されている、ハンセン病回復者の田端明さんの心の叫びともいえる言葉です。療養所に入所して65年、失明して60年、苦悩の中に生きながら、『歎異抄』に出遇い、生きることへの道を見いだしてこられました。その生きる力と願いを、詩や短歌や俳句として表現されています。

 ハンセン病を患うことは、強制隔離政策によって、人間として生きることを奪われるほど過酷な生活を強いられる苦悩があります。ハンセン病への誤解から差別や偏見が生まれ、大切な家族さえも、社会からの厳しい差別の眼を向けられることを恐れて、患者を療養所に送らざるをえなくなります。そこには、家族との縁を絶たなければならないという深い悲しみがあります。

 また、死すべき身としてのいのちを全うすることさえ、妨げられてしまうという苦悩があります。すでに家族との縁も絶ち、本名も故郷も捨てたことから、病気が治っても帰る場所がなく、一人で療養所の中で生涯を終えるしかありません。ほとんどの方が、病気が完治してもそのまま療養所で生活し、最後には所内の納骨堂に収められるという、お骨になっても家族に引き取ってもらえない悲しい現実があります。

 その悲しみは、患者、あるいは回復者だけの問題ではありません。関係を絶つという、本来のいのちのあり方に背く世界を作ること、そしてその同じ世界に生きながらその悲しみを知らないこと、その全体が本当の悲しみではないでしょうか。現在もハンセン病への誤解は多く、差別に苦しむ状況は変わりません。しかし、その深い悲しみの中で、仏法に出遇い、繰り返し生きることを問い返す歩みが願われています。

それが、「終わりなき道」としてお互いに歩まれ続ける人間の道なのです。

2005年4月

笑って暮そうね   平野 恵子

 泣いて暮すのも一生、
 笑って暮すのも一生、
 それなら、笑って暮そうよ
 ねえ、あなた。
 いくら「生きていたい」って叫んでも、
 大声で泣きわめいても、
 自分の力では、どうにもならないのだから、
 与えられたいのちが尽きる、その時まで、
 精一杯がんばって生きたら、
 「ごくろうさん」と、
 あなたはきっと言ってくれるでしょうね。
 大好きなあなたにほめられたいから、
 涙を見せるのはやめましょう。
 そして、
 元気に笑ってみましょう。
 無量寿を生きる私です。
 生きてよし、
 死んでよし、
 ただ今を精一杯。
           1989年4月12日

 『子どもたちよ、ありがとう』(法藏館刊)

 春は別れの季節であり、また出逢いの季節でもある。

 昨年、小学校の卒業式に出席するご縁をいただいた。卒業生のひとりひとりが、将来の夢を大声で語ってくれました。ある子は「先生になりたい」、また「プロサッカー選手になりたい」とか。女の子は「美容師になりたい」、「花屋さんになりたい」と様々に夢を語る。なかには、「造幣局に就職してたくさんのお金をつくってみんなを幸せにしたい」とユニークな夢をかたる卒業生もいた。

 一方、戦争や貧困に苦しんでいる国々の子どもたちの夢を聞くと圧倒的にかえってくる夢は「生きていたい... 」と語る。平均寿命が40歳を切る国では、いつも死に直面しているという現実がそうさせるのかもしれない。

 夢をもち、明るく元気に生きいて行くことは大切です。しかし、平和で豊かななかに身をおいている私に、平野恵子さんの手記が心にひびいてきた。

生きてよし、死んでよし、ただ今を精一杯。

 今を忘れてしまって、大事なことを先送りしている自分自身の身に、今のいのちの輝き、重さ、尊さにただただ頭がさがる思いに気がつかせていただいた。

2005年3月

楽は苦の種 苦は楽の種

 

 息子とことわざの本をめくっていたら、この言葉が目に止まった。先人は何とも深い響きのある言葉を残して下さったものだと改めて思う。「苦は苦の種 楽は楽の種」と思ってやまない我々のあり方が、実は楽を追い求める事で苦を生み出していくことにしかならない事がしっかりと押さえられてある。幸福を追求する日々の営みを重ねる中で、我々は一体どれ程の充足感を得ているだろうか。不平・不足がなおいっそう増幅しているのではないか…。

 この言葉を見て宗祖親鸞聖人の和讃「罪障功徳ノ体トナル コホリトミヅノゴトクニテ コホリオホキニミヅオホシ サハリオホキニ徳オホシ」が、ふと思い浮かんだ。罪、障りという苦の種が実は功徳の体となる。苦の種にしかならないと思っていた「罪・障り」が実は「徳」となる。ここに我々の視座の転換が起こる。

 女優の樹木希林さんが、病で片方の目が不自由になりつつある中で、「見えていたものが見えなくなる恐怖はないですか」と聞かれた時「見えていたものが見えなくなる怖さはあります。でも逆に今まで見えなかったものが見えてくるかもしれませんね」と微笑みながら応えておられたのを思い出す。苦・障りを受容する事で、実はそれらに育てられ私の血となり肉となり「体」となって、生きる力となっていく。

 「楽は苦の種 苦は楽の種」今一度かみしめたい。

2005年2月

不実さ   浅田正作

どこまでも
この身の
痛まぬところで
他人に同情している

この不実さを
恥ずかしいとも思わず

 念仏詩集『続骨道を行く』(法蔵館)

 自然の災害や人為的な事故など、社会でさまざまな事件や出来事が起こっていく中で、私たちはその事実をどのように見ているでしょうか。身近なことに対してはある程度注意して受け取ってみたり、あるいは、遠い地で起こったことには傍観者になっていたり、また自分ではなくてよかったという安堵をおぼえてみたりとさまざまに出来事に反応することがあります。その中で、自分の問題として考えることが大切であるということが言われます。
 
 しかし、それが正しいと分かっていながら、何もできずに戸惑う自分がここにいます。どこか離れた場所から見ているような感覚にとらわれてしまうような自分がここにいます。

 正しさに立ちたいと思えば思うほど、立てない自分に悩むということがあります。さらには、悩んだまま歩むことのできない自分に、いら立ちさえも抱くようなことがあります。

 どれだけ悩む自分を真面目に自己分析しても、それは歩まない自分のいいわけになってしまうのではないでしょうか。大きな結果を最初から期待するのではなく、本当に自分自身が向き合うことのできる一つの問いに出遇うことが大切かもしれません。

 社会に生きる一人として何ができるのか考え、そして、動き始めます。そこに、自分にとって歩むべき方向性が見えてくるのではないでしょうか。

2005年1月