法語

文字サイズ

2012年3月

身、自らこれを当くるに、有も代わる者なし。『仏説無量寿経 巻下』

 亡くなった父に、中学・高校生時分によく言われた言葉が、「自分の人生は、自分で切り開くんだ。」であった。当時、反抗期真っ盛りであった私は、その言葉を素直に受け止めることができず、「わかっとるわ、うるさい。」と投げ捨てていた。

 しかし、今思うとこの言葉は、仏説無量寿経の「無有代者」ということでないかと思うようになった。誰も代わるものがない。かけがえの無い人生を一歩一歩歩んでいくのだ。私の身に起こることはすべて自分自身で引き受けていかなければならない。誰も代わってくれない。かけがえのない人生を生きている。大変厳しい言葉である。そのことが今、この歳になってようやくそう思えるようになった。

 

 一時期、自己責任という言葉が流行ったことがあった。真宗は自己責任の宗教だといわれた方もある。本来自己責任とは、自分自身に対しての自覚する言葉であって、相手に対して批判するための言葉ではない。「無有代者」もまた同様に自覚する言葉であろう。かけがえのない、誰も代わることのできない限りある命、一度限りの人生だから、ごまかすことなく、今を精一杯生きていくことができるのだと、すべての人にかけられている大きな願いを信じることが、自覚の内容ではなかろうか。

     

 2012年3月 東谷 智

閉じる